はちみつの歴史について

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みつばちと人間の付き合いは1万年以上も昔にさかのぼると言われています。
甘く、芳しい香りのはちみつは、危険を冒してでも手に入れたい貴重なものでした。
太古の昔、人々はこの甘い貴重な蜜は大気中から露のように生まれる神の恵みだと信じていました。
人間よりもはるかに小さいみつばちという昆虫が花に一瞬止まっただけで、その身体を通して蜜が生まれ、その蜜は黄金色で、甘く、美味しく、栄養価の高い保存食になるという奇跡が、まさに神の色、神の食べ物とあがめられていました。
はちみつの神話と伝説

【ギリシャ】
ギリシャ神話の最高神ゼウスは、クレタ島の洞窟の中に住んでいた子供時代、ニンフ(妖精)によって山羊の乳とはちみつで育てられました。イダの山で採れるはちみつが大好物だったと伝えられています。神聖な洞窟は不死の領域であり、火のように熱いみつばちに守られていたのです。またその孫、太陽神アポロンの息子は養蜂神アリスタイオスで、人々にはちの飼育を広めました。

【スペイン】
紀元前6000年頃に描かれたスペインのアラーニャの洞窟の壁画には、はちみつを採集する人の姿が描かれています。

【エジプト】
旧約聖書の「出エジプト記」で、モーゼに率いられてエジプトを脱出したイスラエルの民は、神が約束した地カナンを「乳と蜜の流れる地」と憧れをこめて呼んでいます。もともと乳や蜜はその栄養価や味わい、人を虜にする優しい甘味が「恵みと豊かさ」のシンボルでした。
古代エジプト文明においても、蜂を飼い、蜜で巣を満たし、燻煙器で蜂を眠らせ、蜜を採取している人の様子が壁画に描かれ、既に人々が養蜂らしきことを行っていたことがわかっています。

【メソポタミア文明】
メソポタミア文明においてもみつばちを飼い慣らし、はちみつを採取していた事実が現在のトルコ、カッパドキア近くの遺跡から知ることができます。新石器時代のトルコの鉱脈に洞窟壁画が発見され、紀元前6500年前のものといわれています。

【アメリカ大陸】
メキシコやブラジルなどでは古代インディオの時代からはちみつやはちみつ酒は宗教的な儀式に欠かせないものでした。マヤの伝承では、みつばちは地の中心で生まれ、火山の火の粉にそっくりで、金色で熱く、人間を無知から目覚めさせるために地上に遣わされたのだとされています。

北アメリカに上っても先住民族シャイアン族の間には「はじめの人間は野生の蜜と果実を食べて、飢えを知らなかった」という伝説が残っています。さらに北に住むカナディアンインディアンは、夏の間に採れたラズベリーをはちみつに浸けて長い冬の保存食にしていました。

近代養蜂のはじまり
現在見られる「近代養蜂」が見られるようになるのは19世紀半ばのことです。取り外し可能な長方形の巣枠、みつばちが巣を作りやすいように蜜蝋を六角形模様にプレスして作った巣礎、蜜を巣から取り出すための遠心分離機などが発明されました。

20世紀半ばまでヨーロッパ、特にフランスの養蜂は趣味の範囲にとどまっていました。自分の土地の片隅に巣箱を設置してはちみつを採っていました。親から子へ、そして孫へ伝えられるような副業でしかありませんでした。

1960年代の自然回帰ムーブメントを機にはちみつが注目され、多くの研究がなされました。巣箱の設置方法や移動養蜂のことなど多くのことが解明され、養蜂業の発展につながりました。しかしその一方で、今でもアジアやアフリカ、アマゾンの各地では何千年前と同じ方法で野生のはちみつが採られています。

これだけ進化している世の中で、養蜂はほとんどが手作業です。しかも人間ができる部分は昔からほとんど変わらず、自然が全てを握っているといっても過言ではありません。
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養蜂神アリスタイオス像(ルーヴル美術館) ニンフからミツバチの飼い方を学び、巣箱を作って養蜂の技術を発明、人間に広めたという。 image
スペイン東部のアラーニャの洞窟に描かれた採蜜の様子 image
ファラオの墓から見付かった養蜂の版画 image
ピラミッドの壁画に描かれた象形文字。みつばちと葦は王位のシンボルでした。 image
約1世紀前のはちみつの抽出方法。遠心分離機が使われています。 image
旧式巣箱と近代巣箱の同居。上はわらとコルクの木で作られた旧式巣箱。下は現在使われている巣枠付の巣箱。 image
15世紀に描かれたフランスの養蜂の様子。みつばちに攻撃されながら蜜を採取していた。 image
かつては、はちみつの収穫も危険が伴った。北欧の人々の養蜂を描いた木版画(1555年)画